●神戸長田の焼きめし(ご飯焼き)
そばめし発祥の地、長田というのはいまやほとんど誰もが知ることとなりましたが、このそば飯の前身となるのが、上のそば焼きであり、ここに記す、焼きめし(ご飯焼き)であります。ハイカラやファッション的なイメージで知られる神戸ですが、長田区は履き倒れ神戸を支える靴製造業の街、職人が溢れる下町。かくいう店主の私の母も家計を支えるミシン工でした。
子供のころ、学校が休みの夏休みの昼飯時になると、おかんは昼飯を作るまもなく、ミシン作業に大忙し。数百円と、お釜に冷えたご飯を持たせて、「焼き飯してもろておいで」とお使いに行かされました。
冷えたご飯をお好み屋にもっていくと、おばちゃんが、キャベツやスジなどを入れて焼き飯を焼いてくれるのです。そういうメニューにはない持ち込みの文化、融通の文化が長田のお好み屋にはありました。(今もしてくれるとこはあります)値段も結構適当でした。メニュー表にはない具でもなんでも混ぜて作ってくれました。
そば飯はこの職人の街の忙しさと適当さがうんだが産物です。しかし、当時の私はそばなどを混ぜてくれなどというお金持ちなメニューはいえませんでした。主にこのごはん焼き、またはそば焼きが、お好み焼き以外で食べる最高のご馳走だったのです。いや当時「そばめし」という言葉すらありませんでした。「そばめし」という言葉は震災以降長田復興をかけてメジャーになった言葉だと思います。
そば飯は、そばとごはんを混ぜてくれという職人さんの適当な要望から生まれた産物だといいますが、それは間違いないと思います。ウドンとそばを混ぜて焼くおばさんもたまにみました・・・。それくらい、適当につくられるのが、長田のお好み焼きであり。お好み焼きという名の原点ではないかと考えます。
※おそれながら当店ではごはん及び具材の持込は受け付けておりません
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